2、国語・標準語と女ことば
明治期になると一つ国語が国民国家建設にとって不可欠であるという概念から、国語の制定が行われ、国語を制定するために「標準語」も制定することが必要となった。
しかし、その概念にも関わらず、明治の知識人は男女の言葉づかいの違いは問題にしなかったし、むしろ女性は「言葉づかいを慎む」(中村、2012、p81)ことを求めた。
明治の国民化はジェンダー化されており、標準語をどれにするかという議論でも、東京語が男らしいからという理由で採用された。
ここから口語の第一の話しては男性だという考えが読み取ることができる。
3、「女学生言葉」の誕生
女ことばといわれ、すぐに思い浮かぶのがこの「てよ」「だわ」などである。
明治12、13年に一部の女子学生が「てよ・だわ・のよ」などを使い始めた。(中村、2012、p103)
使用の制限はなかったが、その後「てよだわ言葉」は女ことばセクシャリティと結びついた女学生ことばに変換されてしまった。
これには女性国民は良妻賢母として次の世代を養成するという役割があったことが関わっており、女子学生を「女学生」に変換することは「ジェンダー化された国民化」の脅威であった女子学生の危険性を先に排除することであった。
4、女ことばは日本語の伝統か?
ここまで見てきてわかるように、女ことばは良くない言葉として非難されてきたのだが、突然戦中期に「天皇に起源がある」「男女の言葉の違いは日本語にしかない」などと称賛された。
これは女ことばを日本語の特徴とすることで、他国に対する優位性を裏付け、ひいては日本の植民地支配を正当化するためだったともいえる。
「女ことばは日本の伝統だ」という考え方も、「創られた伝統」だと言わざるを得ない。(中村、2012、p159)
戦争のためには日本語も利用された、という事実がある。
↑2、国語・標準語と女ことば
3、「女学生言葉」の誕生については、もっと深く掘り下げてあって、非常に興味深かったと記憶しています。
レポートの文字数の関係で短くしか書いていませんが、参考文献を読んでいただくともっとよくわかります! ぜひ!
【参考文献・引用文献】(著者の50音順)
小林千草(2007)、『女ことばはどこへ消えたか?』、光文社新書
中村桃子(2012)、『女ことばと日本語』、岩波新書
0 件のコメント:
コメントを投稿